2017_1125|国重要文化財「旧堀田邸」と「さくら庭園」

国重要文化財「旧堀田邸」と「さくら庭園」

国重要文化財「旧堀田邸」と「さくら庭園」

千葉県佐倉市にある旧堀田邸・さくら庭園に行ってきました。
旧堀田邸は、佐倉藩の最後の藩主であった堀田正倫(ほった まさとも)が、明治維新後1890年(明治23年)に建造した邸宅で歴史的建造物です。玄関棟、居間棟、書斎棟、座敷棟、湯殿棟、門番所、土蔵の7棟が国の重要文化財に指定されています。

夕方の閉館間際に行ったのにかかわらず、管理の方が楽しくガイドしてくれました。駆け足だったのがちょっと残念!もっとじっくりと観覧、写真撮影も丁寧に出来たらよかったのですが、私が集合場所を間違えたせいでございます。

伝統的な書院造の和風建築ですが、ボルト・ナット等の西洋建築技術を取り入れ耐震性を高めた造りや、更紗や七宝焼きなど当時のままの装飾・調度品の数々は、先進的で西洋好きな当主が窺い知れます。釘隠しは「桐」「橘」「楓」と部屋によって異なり、各所趣向を凝らしていて華美ではないけど元お殿様の邸宅という品格があります。
損傷したらもう資材がないので復元ができないシロモノがたくさん。ゆがみがあるガラス戸から見るお庭の景観はなんとも情趣があります。一室の隠し扉の中には階段があり、やや!忍者か?!と思ったら、お女中さんのお部屋との説明でした。東宮殿下(後の大正天皇)が来訪時の帽子掛けのアイアンフックなど、デザイン的にもオシャレ。
様々な施設として使用された歴史的な名残りがそこかしこに見られ、ちょっとタイムトリップです。

当時約3万坪ほどの庭園は、現在では3分の1に縮小されましたが、松・サルスベリが植栽されている広々した起伏のあるお庭です。「さくら庭園」として常時開放されて自由に見学・散策できます。

「坂の上の雲」「侍戦隊シンケンジャー」「JIN-仁-」「TRICK」「小川の辺」「家政夫のミタゾノ」など、邸内外がドラマや映画の撮影に使われています。案内説明してくれたロマンスグレーの管理の方は、なぜかシンケンレッドの松坂桃李さん推しでした。「JIN-仁-」の【仁友堂】は「佐倉順天堂」がモデルになっているのでゆかりの地ですね。

年に4回行われる特別公開では、通常非公開としているところも公開するそうです。古民家好きの方は、旧堀田邸・旧河原家住宅(武家屋敷)・佐倉順天堂記念館とお得な三館共通入館券もあるので、佐倉市の歴史をぜひ散策してみてください。

佐倉市公式サイト

ナッキー

2017_1120|フレディ・マーキュリーが愛した畳の魅力

畳の魅力

フレディ・マーキュリーが愛した畳の魅力

畳は、日本古代からの伝統的な床材で日本固有の文化です。

日本家屋ではなじみ深かった畳も、生活・建築の洋風化に伴い、現在はフローリングが主となっている住宅が多いのではないでしょうか。
しかし、再び畳の価値・機能性に注目され、最近では需要量が回復しつつあります。

畳には、フローリングにはない良さ・魅力がたくさんあります。
自然素材のイグサの畳は、寒い冬は保温断熱効果で足元が暖か、じめじめした夏は吸湿・放湿作用の湿度調整機能があり、日本の気候・風土にぴったりです。また浄化作用・鎮静効果で、二酸化窒素ガスを吸収し香り成分によりアロマテラピー効果もあるそうです。弾力性があるため、お子様やお年寄りの転倒けが予防にもなり、吸音効果で暴れん坊育児中のご家庭には最適ですね。

古代から存続している伝統にはワケがある。

最近では、「フローリング畳」「置き畳」など和の要素をインテリアに演出する和モダンもトレンドです。平安時代のように畳をクッションとして板間に置くというスタイルの復活とも言える・・・?
製品ラインナップには、イグサ・和紙・ポリプロ材・木質材とさまざまな素材があります。デザイン性が高く多彩なカラーバリエーションも人気です。

畳の需要が増した理由のひとつに『畳と布団』の組み合わせを好む外国人の存在もあったようです。大昔「QUEEN/クイーン」が来日した際、フレディ・マーキュリーが畳を購入して飛行機で運ぶのが大変だったという話しを思い出しました。

う~ん、畳の部屋って落ち着きますよね。

ナッキー

2017_1109|永井荷風展 -荷風の見つめた女性たち-

永井荷風展

永井荷風展 -荷風の見つめた女性たち-

11月3日より、市川市文学ミュージアムで『永井荷風展 -荷風の見つめた女性たち-』が開催されています。

1946年~1959年まで市川市で13年間ほど暮らし、この市川の地で生涯を閉じた文学者・永井荷風。
この展示会では、明治・大正・昭和と荷風の見つめた女性へのまなざしを「断腸亭日乗」などの資料ともに、女性たちがたおやかにしたたかに生きていった姿を、当時の時代風俗とあわせて展示、関連イベントも催されています。

永井 荷風(ながい かふう)は、1879年(明治12年)12月3日 東京に生れ、1959年(昭和34年)4月30日市川で79歳で亡くなりました。
明治・大正・昭和という激動の時代を生きた文豪です。

永井荷風が、市川市菅野に移ってきたのは1946年(昭和21)1月。
市川周辺の風物を描いた作品には「来訪者」「或夜」「羊羹」「畦道」「にぎり飯」「買出し」「葛飾土産」などがあります。
また当時の彼の生活を最もよく表しているのが「断腸亭日乗」という日記です。

そして1959年(昭和34)4月30日、市川市京成八幡駅ほど近い住居が、永井荷風の終焉の地になりました。
慶應大学教授で文化勲章を受賞する一方、遊女やストリップ嬢をこよなく愛した風変わりな永井荷風は有名です。
晩年79歳になっても浅草通いをやめず、死の前日も行きつけ店「大黒屋」でいつものようにかつ丼を食べたそうです。
死因は出血性胃潰瘍です。そんな病状でカツ丼が食べれるって・・・。
「ぼくは自分のやりたいことはドンドンやって楽しむ。楽しんだことは後で後悔しない」という名言の通り、最期まで自身の歩いた道の美学を貫き通したような印象を受けます。

展示会の帰りには【荷風の散歩道】と呼ばれる八幡の商店街をゆったりと歩いてみるのもよいですね。

◆会期|2017年11月3日(金祝)~2018年2月18日(日)
◆開館時間|平日:10:00~19:30 土日祝:10:00~18:00
◆休館日|月曜日(1月8日、2月12日は開館)、11月30日、12月28日~1月4日、1月9日、1月31日、2月13日
◆観覧料|一般500円

詳細は《市川市文学ミュージアムサイトへ》

ナッキー